九州・アジア経営塾は、九州・日本ひいてはアジアの近未来を担う志を持つ変革リーダーを輩出するため、独自性と魅力あるプログラムを提供します。

 

平成27年度

 
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フィールドトリップ(潜入せよ!関門の頂上と海底)
2015-05-30
 
「親不孝通り Sho-Chu プロジェクト」の夢と戦略
2015-05-15
 
5月15日(金)共創館にある九州・アジア経営塾において、碧樹会の主催による「『親不孝通り Sho-Chuプロジェクト』の夢と戦略―日本初ブレンド焼酎への挑戦―」が開催された。「Sho-Chuプロジェクト」は九州の焼酎を世界にアピールしたいとイベントやセミナーの企画運営等に取り組む団体。本格焼酎蔵元や焼酎文化に精通した有識者で構成され、2020年に世界の蒸留酒の造り手を集め文化交流を行う「世界蒸留酒オリンピックin九州」の開催を目標に掲げている。

紅乙女酒造㈱社長の吉村拓二氏(4期生/ふくやから出向)もメンバーであることからイベントが実現。「日本初のブレント焼酎づくり」をテーマに個性豊かな福岡にある3つの蔵元とプロジェクトの代表である坂口光一氏(九州大学大学院・統合新領域学府・教授)のディスカッションと交流会が行われた。

大小300の焼酎蔵が集積し、本格焼酎の95%が製造されているという九州は世界でも稀な蒸留酒が根付いた地域。坂口氏によると、日本で初めて焼酎ブームが巻き起こったのは1970~80年代。親富孝通り(福岡市中央区)にあった居酒屋「どんぞこ」が火付け役だった。テーマには、焼酎市場も成熟化した今、新たな楽しみ方として蔵元の垣根を超えた「ブレンド焼酎」をつくり、「親不孝通り」のブランドで発信することで市場と地域の活性化に繋げたいという願いがある。先例もある。“スコッチウィスキー”は「ブレンド」という手法の導入をきっかけに、世界の蒸留酒として地位を確立した。焼酎も同じ蒸留酒。ならば可能性があるのではないかという訳だ。

焼酎業界歴の長い吉田元彦氏(西吉田酒造株式会社代表取締役社長)は複数のメーカーによる「ブレンド焼酎」づくりは法律上難しく、実現へは高いハードルがあると指摘しつつも、「日本酒と異なり、(焼酎はブレンドにより)“俺の酒”を造ることができる」と期待を寄せた。

吉村氏がSho-Chuプロジェクトに参画する意義は何か?交流会で尋ねた。「焼酎業界でお客さまといえば問屋を指す。社員に一般消費者との接点を持たせたかった」。社内の意識改革への効果を挙げた。さらに「焼酎業界も蔵元の壁を超え、業界の殻を破ったところに新たな可能性があるのではないか」。「明太子」はふくやの創業者が会社の垣根を超えて製造方法を教えたことで博多土産の定番に成長していった。その歴史を知るからこそ、複数の蔵元が参加するプロジェクトに展望が開けるのを感じている。篠崎氏(株式会社篠崎酒造 経営企画部長)も「違う業界の方たちと交わることは大事。オープンに発信していけば、批判も出てくるだろうが、それをチャンスと捉えるかどうかだと思う」と語っていた。

大学院教授が個性豊かな蔵元を束ねて焼酎文化の発展に取り組む。坂口氏を突き動かすものは何か?「(今、社会には)個別最適では解決できない課題があると思う。社会全体でシェアできる最適解をこの取組みから探していきたい」。大の焼酎党でもある氏は「ライフワークです。当事者として責任を持ってやっています」と真剣な眼差しで語っていた。

集客はSNSで行われた。参加者は約60名。碧樹会関係者は3割でキャンセル待ちも出る大盛況となった。また当日、急遽「ネパール大地震チャリティイベント」と銘打って募金活動も行われた。「迅速な判断をしてくれた西さん(2期生/NTTドコモCS九州)と吉村さんに、KAILは一味違うと感じた」と提案者の坂口氏は大変喜んでいた。

「沢山の方に参加していただいたことで、“人もブレンドされる”いいイベントとなった」とは碧樹会会長の永尾氏(3期生/西鉄テクノサービス)。温かい眼差しで参加者達を見守っていた。 (了)
 
KAIL初代理事長兼塾長 四島司氏の「お別れの会」
2015-04-06
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